(長いです、すみません。)

皆さんこんにちは。先日書きましたノート「ネバーギブアップ!マゴソスクール存続のための緊急募金&会員募集のお願い」をとても多くの方々にシェアしていただき、貴重な募金やエールを送ってくださって本当にありがとうございます。とても勇気付けられています!シェアしていただけることとても助かります。ありがとうございます。

今日は、このすったもんだの数ヶ月間を経て、いま私がふっと気がついたことについて書かせてください。

はじまりは、やっぱり2014年12月2日のキベラスラム大火災だったなと思うのです。突然の大ショック、そして亡くした大切な友人。あの大火災をかわきりに、次々と災難に見舞われました。私とリリアンはそれからの一年間で、7人のとても大切な身近な人たち、マゴソを助けてくれていた人たちを病気で亡くしました。特に昨年8月、マゴソ作業所のババジョセフが亡くなりました。ババジョセフが丁寧に作ってくれていた素晴らしいグッズがマゴソの重要な収入源でした。

そして、ノートにも書きました、マゴソにとってメインのサポーターであったNPOからのご支援が、突然終了したこと。一気に、「どうにもこうにも、お金がない。」という状況に陥りました。

そこで、昨年11月末に私が日本ツアーからケニアに帰ってきてから直後、私とリリアンは真剣に話し合い、徹底的に経費削減をして何とかマゴソを存続させる挑戦をしていきました。その時点で、マゴソとジュンバの運営資金はもう今年の1月までの分しかない。という状況でした。

無理に無理を重ねた経費削減をしつづけた結果、年が明けて、ついにリリアンが倒れてしまいました。

それからドン底低迷の悪夢の1月と2月。限界まで削減して節約してキリキリまいになればなるほど、物事がうまくいきません。

ドン底をうろうろして苦しんだ末に、ふっと、突然、気がつきました。いろんなことに気がついたのです。

まずは、これが一番重要なことなのですが、リリアンという人が、どういう人なのかということです。

そもそも、リリアンは、お金があるから子どもたちの救済をはじめたわけではありませんでした。お金なんかないのに、苦しんでいる子どもたちを見捨てることができずに、ひとり、またひとりと、自分のもとへ救済してきた。それがリリアンの本当の姿です。

そういう人だから、それでは、お金がなければ、それをやらないのかというと、そんなことはありません。お金があってもなくても、彼女はやるわけです。それによって、ものすごく大きな重荷をどんどんと抱え込んでいくことになります。その重荷を一緒に背負える人、背負おうとする人は、なかなかいません。

だから結局、経費を削減したって、彼女がやることは変わりませんでした。お金が無くたって、子どもたちを助け続けるし、救い出し続けます。その子どもたちは、リリアンに救い出されたことが唯一の生きる希望だった子どもたちばかりです。だからやっぱり、そこにお金があってもなくても、食料があってもなくても、子どもたちはリリアンのもとにいました。たとえ食べるものが無くてもです。

私が必死でやっていた、経費削減の計算とは、いったい何だったのだろうかと、ものすごく思いました。もちろん学校運営や孤児院運営の責任上、台所係りとしては先々のことを心配します。来月の経費、再来月の経費、どうするんだ、それがなければ子どもたちどうなるんだ、先生たちの給料が払えないと先生たちの生活はどうなるんだ・・・・と。私は、その心配ばかりしていました。

だけど、リリアンは、心配をしていませんでした。なぜなら、お金があってもなくても、やるからなのです。お金が無ければ無いで、仕方ない。というような腹のくくりというか開き直りというか、実際、そのお金をどうすることもできない自分ですから、何を言っても返事が、「sawa (わかった。大丈夫。)」という返事でした。

私は、それにものすごくイライラするときがありました。

「何なのよー!この事態をほんとにわかっているのかしら!」と。それでもいつもリリアンは、「sawa」でした。もうお金無いから払えない。お金全然無いから土曜日の給食もとりあえずやめてほしい。先生を何人か減らして欲しい。先生の給食は無しにして欲しい。教科書も文房具も当分買えません。何を言っても、「sawa」の返事。

そんな状態がしばらく続き、私のイライラと心労もmaxに達そうとしていましたが、でも、2月の中旬ごろから、ふっと、私は考えるのをやめました。やめたというか、もうtoo much だったから考えることができなくなった。のかもしれないですが。少しでも節約したい今、ほんとだったら出したくないような経費を、考えることをやめて、自分の財布に入っているお金を右から左へ、また入ったらまた右から左へ。と、必要に応じて出しました。

そうして少し深呼吸してみたら、見えてきたことがいろいろあるのです。

例えば、私たちのマゴソOBOGクラブの高校奨学金制度があるのですが、その規則で、「成績がD以下になったら支援打ち切り」というのがあります。これは、高校進学費用の支援を必要としている子が山のようにいるため、どこかで線引きをしなければキリが無い。だから設けているひとつの基準です。

他にも、「停学になったり、暴力事件を起こしたり、盗みを働いたりしたら支援打ち切り」という規則があります。私はその規則に一応のっとって線引きするしかありません。それで、成績や停学や暴力事件などが理由で、支援打ち切りになっていた子たちがいました。

しかしその子たちが、学校を退学することなく、やっぱり高校に行き続けていました。いったいどうしてなのかと不審に思って聞いたところ、リリアンが個人的にそんな子たちを救い出していたのです。

高校に行き必死で校長に懇願して、お願いします今は一銭も払えないけど、お金が入ったら少しづつ必ず払うので、学校に置いてやってくださいと、リリアンは懇願して回っていました。そして、少しでも個人的なお金が入ったら、約束通りに高校にそのお金を送っていました。

それによって、自分たちは家で食べるものが何も無い日があっても、子どもたちは誰も文句を言わず、ただリリアンのそばにいました。

リリアンは、それまでの自分の経験から、たくさんのことを知っています。

成績が落ちてしまった子は、その背景にどんな理由があるのか。暴力事件を起こしたり、停学処分になってしまった子には、その問題行動に出る背景に何があったのかということなどです。

子どもたちは、自分で説明も自己弁護もできません。というのは、子どもたちは自分では「なぜ」そうなってしまったのか、わからないからです。それは、周りの大人が気づいてあげなければ、子どもたちは自分ではその状況を理解できません。

リリアンは、お金が入ってこなくても、そんな計算はしないし出来ません。というのは、お金があっても無くても、リリアンがやることは変わらないからです。

何のためにやるのか。それは何よりも、その子どもたちの人生のためにやっているからです。

私は、そんなリリアンをずっと見てきて、「これはもしや、(リリアンが子どもたちを)依存させてしまっているのではないだろうか」と思ったこともありました。もしくは、私自身が(リリアンを)依存させてしまっていると、そう自己反省したりもしたわけです。

ところが、リリアンは、やり続けます。私がいくら批判しても、そんなこと関係なく、やり続けるわけです。だからいつも返事は、「sawa」という気の無い返事に聞こえてしまうわけです。

こんなことに気がついたわけです。私は考えました。私の役割はいったい何なのかということについてです。

この人たちは、自分でお金を作ることは苦手です。もしそれが得意だったら、とっくの昔に、スラムの貧困者では無くなっていたことでしょう。

お金を作ることは難しい。だけど、お金を使うことの天才です。少しのお金を、ものすごく何倍にもその価値を広げて、すばらしい形で彼らは活用することができます。

いまのマゴソスクールは、ここまでに至るまでに、たくさんのお金が使われてきたけど、でも、そのお金の金額、お金としての価値より、もっともっと何倍にも生きて素晴らしい奇跡がここで何度も何度も起きていると、それは私はずっと見てきたので確信しています。マゴソスクールには光があり、夢や希望を生み出す力があり、それが子どもたちを救済しています。それは、お金がありさえすれば誰でもできることではないと思うのです。あのマゴソスクールという場を作ってきたのは、リリアンや、オギラ先生や、ダン先生や、OBOGたちや、そんなたくさんのキベラの仲間たちの力です。

私はマゴソのみんなから、「何々のお金が必要だから出してください」とひっきりなしに言われるわけですが、ここのところ、お金を出すたびに、しつこいほどにその詳細を確認して、しかめっ面で、いやそうな顔をして、しぶしぶというかんじでお金を出していたと思います。経費削減を必死でやってきたこの12月、1月、2月は特にそうです。

だけど気がついたのは、結局、お金を出すことは同じなのだったら、しかめっ面で出すより、笑顔で出したほうがいいよね、ずっといいよね!ということです。彼らにとってもいいということだけじゃなくて、自分の精神衛生上もいいわけです。

それに気がついて、そして、お金があっても無くても、やり続ける、自分が死ぬ最後の瞬間までやり続ける、というリリアンの信念、これは、ホンモノだし、ゆるぎないものなのだと、つくづく気がついた次第です。

いわば結局は、私がいてもいなくても、リリアンはやり続けるのです。自分自身は貧乏人のどん底になって一切何も得られなくなったとしても、それでもリリアンは子どもたちを自分のもとに救済して、そのときそのときを生きていくのです。

依存を生んでいるのではないだろうかとか思っていた自分が間違っていたと思いました。子どもは、いかに問題を起こそうとも、いかに成績が悪くとも、いかに素行が悪くなり態度も悪くなりふてくされたとしても、その子どもと、どこまでも、どこまでも見捨てないで付き合っていく、何度も何度もやり直す、そこまで辛抱強くやらなければ本当に子どもを救ったり育てたりすることはできないのだと気がつきました。

長年付き合ってきたマゴソ卒業生たちが、いま、大人になって見せてくれる姿、語ってくれる話から、気がつかされることもいっぱいありました。

マゴソを救うために徹底的な経費削減をしようとテンテコマイになっていた私は、お金の流れを止めて、命の動きを止めて、命の広がりを沈めてしまっていたのだなということに気がつきました。

リリアンはみんなの大事なお母さんだから、苦しまずにいつも笑顔でいてほしいと思ったし、お母さんは家庭の中心、太陽ですから! マゴソスクールのマゴソファミリーをより輝かせるために、良い循環を生み出していきたいと思います。

そしてもうひとつ不思議なことは、経費削減をしていくためにリリアンがマゴソ内部を徹底的にすみからすみまで見直して、みんなに話もしました。それによって、自然と去っていく人たちもいたのです。だけど残った人たちは、マゴソにお金があるから残ったわけではありませんでした。本当にマゴソが好きだから、マゴソで働きたいから、マゴソを大切に思っているから、子どもたちを救いたいから、残った人たちです。

それでちょうど先週ですけど、この大改革の最後の段階が終了して、去ったスタッフの最後の支払いも終えました。

それでリリアンが、「不思議なことに、いまのマゴソのチームは、これまでで最強のチームになった。今までで一番団結があり、いい空気になった。」と言いました。

本日3月10日ですが、新しく生まれ変わったようなスッキリ気分で目が覚めました(笑)。

あ~苦しかった数ヶ月間だったけど、終わったと思った。これからマゴソ一同、パワーアップしてがんばります。

私が学んだ教訓。お金の流れを止めてはいけない。お金は笑顔で喜び合って使うこと。

そして、私たちがいつも意識の中心に置くのは、子どもたちのこと。いつも子どもたちを主体に考える。そして、たとえお金が無くても、やり続ける。お金があるからやるのではない。お金があっても無くても、やり続けることは同じ。

マゴソスクールとジュンバ・ラ・ワトトを、守り続けていくために、これからも働きます。

この苦しいときにマゴソとジュンバの先生方がどれほどがんばって動いてくれたか、心から感謝します。(ジュンバのケビン先生は、どうしてもジュンバを残して欲しいと、来年度の予算計画まで持ってきてくれました。)

そして、いつも一緒に考えてくれて、応援してくれて、私たちや子どもたちを助けてくれる日本や世界のたくさんのお友達の皆さん、本当にありがとうございます。

心から感謝の気持ちでいっぱいです。

今日も長々と読んでくださってありがとうございました。

これからもどうかよろしくお願いいたします。

2016年3月10日  早川千晶、ケニアより。

★ネバーギブアップ!マゴソスクール存続のための緊急募金&会員募集のお願い★

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